友達6人できるかな?

昔、小学館の「小学一年生」という雑誌のテレビCMで

「1年生になったぁら1年生になったぁら🎶

友達100人できるかな~🎶」

という歌があったのですよ。

友達100人つくろうと思ったらさてどうするか?

色々な処に顔を出してイベント的な物にも積極的に参加して。

なるべく多くの人と会話して。。。

。。。

うん、営業マンですねw

勿論良いんですよ。

ただやり方には性格的な相性ってのがあるので

パリピ的なタイプ向きですわな。

適性を間違えてその方向で頑張ってみても疲れる人もいるでしょうよ。

根拠のある話ではないんですが親密な友達は5~6人のクラスターじゃないかな?

って思うんですわ。

悩み事の相談を気軽にできるとかそんな仲間は目的単位で5~6人。

目的単位って言ったけど、クラスで5~6人。部活で5~6人。会社で5~6人。というように自分が所属している集団で仲がいい数ってそんなもんって意味ね。

これは前提として100人規模の集団でという感じの話してるんで、規模が小さければおのずと5~6人という数字も小さくなるとは思うけど。

100人いれば5~6ぐらいは仲の良い仲間とかいるでしょう。

まぁだから「友達100人できるかな」なんだろうけど。

ある一定の年齢までの子供時代の友人と言うのは質より量で良いと思うので友達100人という目標の立て方というのは悪くはないと思いますよ。

ただ大人になると友達100人の中から仲の良い友達を5~6人見つけるというのは効率的では無いですよね。友達の質を選ぶならって前提やけど。

因みに質ってのは表現が悪いか。相性の事ね。相性。

質の高い友達100人欲しいとするよ。

100人の中から仲良くなれるのは5%だとするならば、2000人のクラスターで認知される必要があるよね。

それはしんどいけども100人良い友人が欲しいと考えた場合、学生時代のようなクラスというクラスター部活というクラスターにいる訳では無いのでその当時のような戦略では大変だって事ですよ。(戦略なんて考えてなかったとは思うけどw)

なので「友達100人できるかな」じゃなくて

一本釣りの気持ちで「友達6人できるかな~」で良いんじゃないかな?

小学一年生の友達100人と大人の友達6人って同じぐらいの感覚かもしれないなぁ。

で、質に上下なく相性があるだけというふうに考えたら

はじめの6人が完璧な相性ではないので、その一人一人に6人程の更にベストな友人をつくる事を手伝う事で結果的には、かなり親密な友達100人できるんじゃないかな?

おしまい。

追伸

次回この話の思考の裏側の話ねwたぶんw

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